吉村洋文の英語力は?学歴や弁護士から政界入りした理由についても!

※アフィリエイト広告を利用しています

人物
記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

日本維新の会の新代表に、大阪府の吉村洋文知事が選ばれましたね!

YouTubeの対談やメディアにも多数出演されている吉村洋文さんの英語力や学歴・経歴など、多方面から吉村洋文さんについて知りたい方もいらっしゃいますよね。

そこで今回は、吉村洋文の英語力や学歴、弁護士から政界入りした理由について調査しました。

ぜひ最後までご覧ください。

スポンサーリンク

吉村洋文の英語力は

まずは、吉村洋文さんの英語力についてお伝えします。

吉村洋文さんの英語力は、英会話能力はあまり高くないと思われます。しかし、英語に関する政策を掲げていることから、英語に対する意識は高いと考えられます。

吉村洋文さんが海外の大学や留学経験がある情報は得られていません。

そのため、どのくらいの英語力があるのか現在のところあまりわかっていません。

ですが、吉村洋文さんは、大阪・関西万博で世界中の方と関わる機会が多いと思いますので、英語の意識はより高まっていると思います。

パリで大阪・関西万博についての英語スピーチの様子

来年4月に開幕する2025年大阪・関西万博について各国代表を前に英語でスピーチした様子です。

吉村洋文さんは、11月26日にパリ近郊で開かれた『博覧会国際事務局(BIE)総会』に出席して、英語でのスピーチを行いました。

スピーチでは、英語を流暢に話すという印象ではなく、台本通りにきちんと読まれている様子でした。

大阪公立大学の秋入学と大学内の公用語を英語にする方針

吉村洋文さんは『グローバルな人材を育成するため』に、9月入学が一般的な海外の大学に合わせて、大阪公立大学の秋入学の方針を示しています。

また、吉村洋文さんは「大学の公用語を英語にする時代だと思う」などと話しています。

2024年2月9日、大阪府と市による副首都推進本部会議は、大阪公立大学で将来的に全学での秋入学の方針を示しました(大学院と工学部などで先行導入)。併せて、吉村洋文・大阪府知事は大学の公用語を英語とする方針を記者会見で打ち出しました。

引用元:PRESIDENT Online

 吉村知事は『大阪がこれから国際化、もっと言えば日本全体が国際化を目指していかなければ、もう、どんどん衰退していくと僕は思っています。実際、衰退しています』と話しましたから、方針は固そうですね」(政治担当記者)

引用元:smartFLASH

「秋入学」は日本維新の会の代表だった橋下徹元大阪市長の政策案で、コロナ禍で大学が長期リモート授業になったときにも提唱していました。

しかし、日本の受験時期や就職活動などの変更が難しいこともあり、実現には至りませんでした。

吉村洋文さんの政策が実現するのか、今後にも注目したいですね!

日本の学校教育での英語力については

吉村洋文さんは、日本の学校の英語教育について「10年間学んでも会話はほとんどできない」と話しています。

吉村洋文さんの政策は、元大阪市長の橋本徹さんの影響を受けている様子ですね!

吉村洋文の学歴は

次に、吉村洋文さんの学歴についてお伝えします。

父親は電気関係の設計技師

吉村洋文さんは大阪府河内長野市出身で、サラリーマン家庭で育ったそうです。

そして実家からほど近い、千代田小学校・千代田中学校という公立校に通っていました。

父親は大阪出身、母親が広島出身で、5歳年上の兄が1人います。

「お父さんは電気関係の会社の設計技師で、お母さんはパートをされていました。同年代の子たちに彼のことを聞くと『頭が良くて、ちょっと生意気だった』と言っていましたね」(近隣住民)

引用元:週刊現代 講談社ホームページ

吉村洋文さんは政治家系ではなく、一般家庭で育っているのですね。

吉村洋文さんのプロフィール

◾️名前:吉村 洋文 (よしむら ひろふみ)

◾️生年月日:1975年6月17日(49歳)

◾️身長:178cm

◾️家族構成:妻、子ども3人(双子の娘と息子)

河内長野市立千代田小学校

河内長野市立千代田中学校

吉村洋文さんは、1学年7クラスある中学校で、成績はトップだったそうです!

「僕たちは『よっしん』と呼んでいました。彼はとにかく勉強ができました。中学校は一学年で7クラスあったんですが、成績はほぼずっと学年で1位だったと思います。陸上部に入っていて、スポーツも万能でしたし、女の子からもモテていましたよ」

引用元:週刊現代 講談社ホームページ

名門高校に入学

吉村洋文さんは、学区のトップ校だった大阪府立生野高校に進学しました。

大阪府立生野高校は、元外務大臣の中山太郎さんなどの政治家さんたちを輩出している名門校です。

また、高校時代はラグビー部に所属していたそうです。

大阪府立生野高校

大学2年生から旧司法試験の勉強に打ち込む

吉村洋文さんは、1994年4月に九州大学法学部に進学しました。

当時、同級生の多くが進学する京大や阪大ではなく、九州大学への進学は珍しかったそうです。

その理由としては、現役で大学に行けるところを探しからだそうです。

吉村氏は後に、橋下氏、松井一郎氏との鼎談のなかで、自身の大学受験について「センター試験で失敗して、なんとか現役で行けるところを探した」と語っている。

引用元:週刊現代 講談社ホームページ

そして吉村洋文さんは、弁護士になるために大学2年生が猛勉強を始めたそうです。

大学卒業して旧司法試験に一発合格

吉村洋文さんは、1998年3月に大学を卒業しました。

そして、23歳の若さで旧司法試験に一発合格して、弁護士の道へ進むことになりました。

司法修習を終えた吉村洋文さんは、東京にある熊谷綜合法律事務所に所属しました。

中学生の頃から学年トップで成績優秀だったことは、大学時代に弁護士を目指すことにつながっていると考えられますよね。

弁護士から政界入りした理由

そして吉村洋文さんが、弁護士から政界入りした理由をお伝えします。

吉村洋文さんは、タレント・歌手のやしきたかじんさんとの出会いがきっかけで政治家になったそうです。

吉村洋文さんは、2005年に独立して、大阪で友人たちと法律事務所を立ち上げました。

そして、当時吉村洋文さんは、政治バラエティ番組『たかじんのそこまで言って委員会』の顧問弁護士をしていたそうです。

やしきたかじんさんから、『大阪のために政治の世界に入ってみないか』と言われたことが、政治家になるきっかけだったそうです。

橋本徹さんと交流のあるやしきたかじんさんは、吉村洋文さんと橋本徹さんを引き合わせたそうです。

『たかじんのそこまで言って委員会』は、橋下徹さんが政治家になる前にレギュラー出演されていました。

「吉村氏は、知人から紹介されて、ある番組制作会社の顧問弁護士をやっていました。そこの会社がタレントのやしきたかじんさんの番組を制作していたことで、たかじんさんと知り合ったんです。たかじんさんから気に入られ、『あんたは政治をやるべきや』と言われたそうです。それで、たかじんさんから橋下徹さんに引き合わされたと聞いています」(吉村氏を知る弁護士)

橋下氏も、府立北野高校時代はラガーマンとしてならした。二人は「弁護士」と「ラグビー」という共通点があったのだ。吉村氏は弁護士に成り立てでスラップ訴訟に関わり、「このままでいいのか」という思いを抱いていたのかもしれない。

引用元:週刊現代

吉村洋文さんが、前安芸高田市長石丸伸二さんとYouTubeの対談企画で、政界に入ったきっかけを話しています。(政界に入ったきっかけのシーンは4:40からです。)

吉村洋文さんと橋本徹さんの共通点

吉村洋文さんと橋本徹さんは、『弁護士で、ラグビー経験者』という共通点から意気投合したそうです。

橋本徹さんのプロフィール

◾️名前:橋下 徹 (はしもと とおる)

◾️生年月日:1969年6月29日(55歳)

◾️出身:東京都渋谷区

◾️家族構成:妻、子ども7人(娘4人と息子3人)

◾️最終学歴:早稲田大学政治経済学部経済学科卒業

まとめ

今回は、吉村洋文の英語力は?学歴や弁護士から政界入りした理由についてお伝えしました。

吉村洋文さんの英語力が高いという情報は得られませんでしたが、大学の秋入学や、英語教育を強化していく政策を掲げていて、英語に対する意識はとても高いと思います。

また、吉村洋文さんは、大阪の公立小中学校、名門高校を経て、九州大学在学卒業後に一発合格で弁護士の道に進みました。

吉村洋文さんは、当時顧問弁護士をしていたやしきたかじんさんに政界入りを勧められて、政治家になり、橋本徹さんの影響も強く受けている様子ですね。

最後までご覧いただきありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました